CLOSECLOSE

一般社団法人 全国住宅ローン救済・任意売却支援協会加盟法人

運営会社:株式会社ライズユー

〒001-0924 北海道札幌市北区新川四条1丁目1番18号

北海道内全域対応可能 相談無料 0120-971-097【電話受付時間】9:00~21:00(水曜定休)
メール・LINEは365日24時間受付中です!

  • 電話で相談する
  • メールでのお問い合わせ
  • ラインで相談する

新着情報NEWS

不思議な縁の話

2021/01/19 新着情報

数か月前に何気にTVを見ていたら、とあるお笑い芸人さんが【歴史の中で生まれた不思議な縁】の話をしていました。

その話は随分前(たしか学生の頃だったような…)に何かの本で知っていた内容でしたが、話し上手な人が話すとここまで面白い内容だったのかと少し感動した次第です。

今回はその話をします(少々長いです…)

 

時は江戸時代。当時、日本を統治していたのはご存じ徳川家です。

将軍の跡取りは家康直系である事。

そして藩体制として、将軍家に次ぐ力を持っていたとされるのが尾張、紀州、水戸。世にいう徳川御三家です。

話の内容は、この御三家内の水戸徳川家についての話となります。

 

当時、初代水戸藩主(殿様)は徳川頼房、家康の11男でした。

頼房には正室(奥さん)が居らず、側室が9人ほどいたそうです。

ある日、その側室の中の久子が子を授かります。

ところが、凄い嫉妬深い別の側室が久子の堕胎を頼房に願い、頼房は聞き入れてしまいます。

そして家臣の三木之次に堕胎を命じました。

あまりにも久子を不憫に思った三木之次は、自家に久子をかくまい密かに出産させます。当時、藩主(殿様)の命は絶対の時代。もし発覚すれば即切腹、御家断絶です。

しかし公には知れず、生まれた子はすくすくと育ち、幼い頃から類稀な才能を発揮します。

そして隣国へも知れ渡る程、立派に成人した武士となり、頼房が自らの嫡子と認知をし、最終的には後継者(藩主)として認めるまでになります。

家臣の三木之次に助けられ生まれてきた人物こそが、徳川光圀。あの水戸黄門(水戸光圀公)と呼ばれる人です。

 

さて、時はここから二百数十年ほど経ちまして、大正7年の話。

三木之次の子孫、三木啓次郎という人が幕末の桜田門外の変で亡くなった水戸浪士を弔う法要で大阪の四天王寺を訪れていました。

そのお寺の境内で、今で言うアイデア商品を露店で売っている青年と出会います。

三木啓次郎は、その青年の打っている商品を一目見て感動し、お金のない青年に自分の田畑財産を売り、その資金を青年へ投資しました。

そのお金で青年はアイデア商品を大量生産することが出来、瞬く間に日本中で大ヒットし大企業の社長になります。

そのアイデア商品というのが、電球ソケットを二股化した【二股ソケット】でした。

大企業の社長となった青年こそが、松下幸之助。

現パナソニック(松下電器)の創業者です。

三木啓次郎へ何とか恩返しがしたい松下幸之助は長い間、考えに考え抜いて当時、松下電器1社提供、ナショナル劇場として以後40年のロングランとなる有名番組【水戸黄門】を放送します。

 

三木之次が存在していなければ、生まれてくる事が出来なかった水戸光圀公。そして三木の子孫である三木啓次郎が存在していなければ、成功を収められなかったかもしれない松下幸之助。その松下幸之助は三木家への恩を、長い間TV劇場を通して日本国中の誰もが知る人物として番組提供することで三木家に恩返しをする…。

300年近い歴史の中で繋がった縁の話です。

 

私は不動産に関わる仕事を四半世紀以上に渡り、継続してきました。

思えばたくさんの縁に恵まれ、たくさんの応援を賜り、だから今こうして仕事に繋がり続けられております。

それらは小さな縁かもしれませんが、縁とは人生において如何に大事なことかを認識できた話でした。